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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)78号 判決 1998年5月28日

原告

後藤雄一

被告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

山下一雄

主文

一  被告は、東京都に対し、金一一万七〇〇〇円及びこれに対する平成八年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、東京都に対し、金一五万三〇〇〇円及びこれに対する平成八年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、東京都の住民である原告が、東京都情報連絡室(現在は政策報道室。以下同じ。)報道部報道課(以下「報道課」という。)の課長として同課の物品管理者として東京都の物品であるタクシー利用券(以下「タクシー券」という。)の管理に当たっていた被告に対し、同人の住所が新宿にあるにもかかわらず、家族が住む横浜の家までタクシー券を使って週末に泊まりに行っているのは公私混同甚だしいタクシー券の不正使用であり、物品の目的外使用を禁じた東京都物品管理規則(昭和三九年東京都規則第九〇号。以下「物品管理規則」という。)二二条に違反する、また、報道課ではタクシー券の使用基準として退庁時刻が午後一一時を超える場合を目安としているところ、同課課長補佐である訴外乙川二郎(以下「乙川」という。)が午後一〇時に帰宅した際に右使用基準に反してタクシー券を使ったにもかかわらず、被告がこれを看過したのは物品の管理義務に違反するものであるとして、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号前段に基づき、右不正使用及び管理義務違反の行為(ただし、平成七年二月分及び三月分のものに限る。)によって東京都に与えた損害の賠償を求めるものである。

一  前提となる事実等(証拠を掲げた事実以外の事実は、当事者間に争いがない。)

1  当事者等

(一) 原告は、東京都内に住所を有する者である。

(二) 被告は、平成五年四月一日から平成七年三月三一日まで報道課の課長の職にあったものであり、物品管理規則一〇条一項により同課の物品管理者とされていた者である。

(三) 乙川は、平成四年四月一日から平成八年七月一五日までの間、報道課に在職し、平成五年四月一日から平成八年七月一五日まで同課の課長補佐の職にあった者である(乙七及び証人乙川)。

2  被告の住所等

(一) 報道課長は、災害発生時において、従事している職務との関係から災害対策要員として特に必要な指定要員として、東京都職員住宅管理規則及び災害対策職員住宅入居職員要綱第3の1(1)、第4の1、別表2に基づき、その在任期間中、東京都災害対策職員住宅に居住することが義務付けられている(甲一、五、乙八、被告本人及び弁論の全趣旨)。

そのため、被告は、その在任期間中、東京都新宿区×××所在の災害対策職員住宅である角筈第一住宅(以下「角筈第一住宅」という。)に居住していた(甲五、乙六、八及び被告本人)。

(二) 被告の家族は、当初は被告と共に角筈第一住宅に居住していたが、平成六年三月二六日に、横浜市旭区中×××(以下、「横浜の家」という。)に転居した(乙八、九及び被告本人)。

3  東京都のタクシーの使用基準及び報道課におけるタクシー券の使用基準について(甲一、乙一、七、八、被告本人)

(一) タクシーの使用については、東京都自動車の管理等に関する規則(昭和三九年東京都規則第九二号。以下「自動車管理規則」という。)一五条により、庁有車を使用することができない場合又は使用目的上庁有車の使用が不適当と認められる場合に限ることとされ、タクシーの使用手続については、自動車管理規則一八条により、タクシーの使用を必要とする者の請求により、所属の物品管理者(物品管理規則一〇条)がタクシー券を請求者に交付して行うこととされている。

しかしながら、タクシー券の使用基準を具体的に定めた統一的な基準はなく、各局・所の実情に応じた取扱いがされている。

(二) 平成七年二月ないし三月当時、報道課においては、(1) 帰宅用としては、超過勤務が深夜(概ね午後一一時を超える)に及んだ場合、(2) 通常の交通機関の利用では間に合わない急を要する業務が発生した場合、(3) その他業務の性質上必要があると認められる場合にタクシー券の使用を認めるという運用がされていた。

4  東京都におけるタクシー券の管理方法について(甲一、乙二、三)

昭和四六年財経輪発第五三号通知により、タクシー券は、物品として管理することとされ、その区分は「消耗品」として整理し、出納手続は、物品管理規則に基づき、処理することとされている。なお、右通知には、物品管理者(当初は供用者。以下同じ。)の事務として、以下のとおり注意することが明記されている。

(一) 出納機関から引渡しを受けたタクシー券は、物品の性質が金券に類するものであるため、一般の消耗品と異なる管理をする必要があるので、受払簿(昭和四七年規則改正により「物品受払簿」として規則様式(第七号様式)になった。)を設け、記録整理すること。

(二) 物品管理者は、タクシー券の効率的な供用を図るため、タクシー券の裏表紙に一連番号を付し、又は使用者に対して、裏表紙の記入欄に使用年月日、金額等を記入させ、回収保管するなど、適切な処理方法を考慮すること。

(三) 物品管理者は、供用中の物品について、当然使用者を監督する義務があるが、タクシー券の使用については、特にその使用に疑義が生じないよう、その取扱いに万全を期すること。

右通知に加え、昭和五八年には、タクシー券の供用に関し、適切な処理に欠けるもの、その利用状況が明確でないものが見受けられるとして、物品管理者が適正な事務処理を行うよう指導徹底を求める通知(昭和五八年出事第一一九号)が出納長から各局(所)長あてに出された。

5  報道課におけるタクシー券の管理状況(甲二、乙七、八、証人乙川、被告本人)

(一) 報道課においては、毎月初めに、タクシー券の物品管理者である被告が、被告を含む同課の各職員に対し、概ね一定の量(四冊から二〇冊程度)のタクシー券を交付し、一か月間の使用については各職員がそれぞれ自己管理することとなっていた。

(二) 月初めに交付されたタクシー券が月の途中で不足した職員がいる場合には、必要の都度、被告が当該職員に対し新たに交付するか、あるいは被告、乙川又は庶務担当主査がロッカー等に自己管理しているタクシー券を交付することとしていた。

(三) 反対に、月初めに交付されたタクシー券のすべてをその月に使用しなかった場合には、タクシー券の物品管理者に対し、その旨を報告したり、余ったタクシー券を返却したりすることなく、当該職員がそのまま保管し、必要に応じて使用することとされていた。

(四) 報道課の庶務担当主査は、タクシー券受払簿を作成し、いつ誰に対し何冊のタクシー券を交付したかを記録していたが、個々の職員が、タクシー券をいつ何の目的でどこからどこまで移動する際に使ったかということについては、被告、乙川又は庶務担当主査も、メモを取るなどの措置を講ぜず、全く把握していなかった。

6  被告自身のタクシー券の使用

(一) 被告は、平成七年二月及び三月において、月曜日から金曜日までは、角筈第一住宅から東京都庁に通勤していたが、毎週金曜日の夜、自己が管理していたタクシー券を使用して、家族が居住する横浜の家まで泊まりに行っていた。そして、週末を横浜の家で過ごし、毎週日曜日の午後に電車で角筈第一住宅に戻り、日曜日の夜は角筈第一住宅に泊まっていた(被告本人)。

(二) 被告は、平成七年二月及び三月において、毎月三〇〇〇円のタクシー券二〇冊(六万円分)を物品として受領していたが、二月はそのうちの一冊を月の途中でタクシー券に不足を生じた他の職員に対し交付し、その残り(二月は五万七〇〇〇円分、同年三月は六万円分)をすべて右(一)記載の横浜の家に外泊するために使用した(以下「被告自身の本件タクシー券の使用」という。乙八、被告本人)。

(三) 被告は、前記2(一)記載のとおり、報道課長在任期間中、災害対策職員住宅である角筈第一住宅に居住し、外泊するときには外泊届を提出することが義務付けられていた(災害対策職員住宅入居職員要綱第11)。そのため、横浜の家に泊まりに行く際には、毎回外泊届を提出していた(被告本人)。

7  乙川のタクシー券の使用

乙川は、平成七年二月ないし三月に、あらかじめ物品として交付されていたタクシー券を使って東京都練馬区所在の自宅に帰宅したことがある(以下、乙川のこのタクシー券の使用を「乙川の本件タクシー券の使用」という。)。

同人がその際に使用したタクシー券は、平成七年二月及び三月において、それぞれ一万八〇〇〇円分(三〇〇〇円×六冊)であった。

8  監査請求

原告は、平成八年二月一四日、被告はタクシー券を私用のため不正使用し、また、乙川が報道課のタクシー券の使用基準に反してタクシー券を使用したのに、被告はこれを看過して物品管理者としての管理義務に違反したなどと主張して、右各行為によって被告は東京都に対し損害を与えたとして、東京都監査委員に対し、法二四二条一項に基づき、監査請求をした。

これに対し、東京都監査委員は、同年四月一五日付けで、右監査請求に係るタクシー券の使用のうち、当該行為の日から監査請求の日までに一年を経過していたものについては監査請求を却下し、一年が経過していない平成七年二月分及び同年三月分についてはこれを棄却する旨の決定をした。

二  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、(一) 被告自身の本件タクシー券の使用が違法なものであり、被告が損害賠償責任を負うか否か、(二) 乙川の本件タクシー券の使用が使用基準に違反し違法なものであるか否か、それが違法であるとして、これを看過した被告が管理義務違反による損害賠償責任を負うか否かであり、これらの点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

1  争点1(被告自身の本件タクシー券の使用が違法なものであり、被告が損害賠償責任を負うか否か)について

(原告の主張)

(一) 被告は、職務上、東京都の災害対策職員住宅に入居することが義務付けられ、外泊する場合には届出をしなければならないとされていたのであり、現に、東京都庁から五〇〇メートルほどしか離れていない角筈第一住宅に居住していたのである。そして、角筈第一住宅が職員の給与に関する条例(昭和二六年東京都条例第七五号。以下「給与条例」という。)上の被告の住所であり、生活の本拠であった。

したがって、被告が横浜の家に帰るといっても、それは外泊であり、このような私用のために東京都の物品であるタクシー券を使用することが認められないのは当然である。

(二) 被告は、平成六年度の一年間、ほぼ毎週金曜日にタクシーで東京都新宿区にある東京都庁から横浜の家まで帰っていたものであるが、横浜の家に帰るのであれば土曜日に帰れば済むのであって、タクシーを使用しなければならない緊急性など存在しない。

被告は、土曜日に横浜の家に帰宅するとなると、帰宅時刻は土曜日の夕方近くになって、自己の健康を管理し、家族と会話する十分な時間がなくなってしまう旨主張するが、JR新宿駅から横浜の家の最寄り駅である相模鉄道希望が丘駅まで一時間七分で着くのであり、被告の主張は根拠がない。

(三)(1) 給与条例によれば、東京都における単身赴任手当は、基礎額と加算額とからなっており、加算額は職員の住居と配偶者の住居(以下「本宅」という。)との間の距離(以下「交通距離」という。)に応じて決められている。それによれば、基礎額は二万円とされ、加算額は、交通距離が一〇〇キロメートル以上二〇〇キロメートル未満の場合は三〇〇〇円、二〇〇キロメートル以上三〇〇キロメートル未満の場合は五〇〇〇円、三〇〇キロメートル以上の場合は七〇〇〇円とされている。

このように、加算額が交通距離に応じて決められているということは、交通距離が一〇〇キロメートル未満の職員が本宅へ帰宅する際の交通費は基礎額に含まれると解するのが当然であり、東京都も単身赴任手当を支給している職員には本宅へ帰宅する際の交通費は別途支給していないのである。

(2) 被告は、交通距離が一〇〇キロメートル未満なので、基礎額の二万円が支給されているだけであり、加算額は支給されていない。このように、本宅へ帰宅する際に交通費が支給されていない職員に対し、午後一一時を過ぎたからといって交通費の一つであるタクシー代(交通費)が支給されることはあり得ないのである。

(3) 仮に、被告主張のように午後一一時を過ぎれば本宅へ帰るためタクシー券を使用できるとすると、家族を帯同して赴任した職員との均衡等をも考慮して単身赴任手当の基礎額が二万円と定められている趣旨に反することとなってしまう。

(四) 被告自身の本件タクシー券の使用は、常習的であり、「物品管理者は、物品を供用するときは、その使用目的に適合するよう使用させなければならない。」と定めている物品管理規則二二条に違反するのみならず、公私混同が甚だしいものであって、社会通念を著しく逸脱していることは明白である。

被告は、物品管理者の立場を利用し、あえて右のような違法なタクシー券の使用を行ったものであり、右タクシー券の使用により東京都に与えたタクシー券金額相当の損害を賠償する責任がある。

(被告の主張)

(一) もともと報道課長が災害対策職員住宅に居住するのは、災害が発生した場合に、報道機関に対応するために待機しておく必要があるためであり、災害の発生のおそれがないときは、通常の職員の場合と同様に生活の本拠において家庭生活を営むことができるものである。

そして、仮に土曜日に生活の本拠に帰宅するとすれば、帰宅時刻は土曜日の夕方近くになってしまい、自己の健康を管理し、家族と会話する十分な時間はなくなってしまうのであるから、報道課長としての一週間の過酷な労働から解放され、家族との団らんを持ち、自己の健康を管理、維持するために、金曜日の深夜にタクシー券を使用して生活の本拠に帰宅することは当然許容されるものである。

(二) 被告は、単身で角筈第一住宅に居住することになった平成六年三月二六日以降、業務上支障がなく、かつ、帰宅が深夜に及ぶ場合は、外泊届を提出した上、タクシー券を使用して、生活の本拠となっていた家族の居住する横浜の家に帰宅していたものである。

そして、右(一)で述べたことに加え、一般の職員が通勤手当の支給を受けながら、深夜にタクシー券を使用して帰宅することが認められていること、職員が異動等により単身で赴任する場合には家族との生活の維持を図るため単身赴任手当が支給されるものとされていること、報道部長の承諾を得ていること、帰宅の理由は、被告が職指定として災害対策職員住宅への入居が義務付けられていたことから、生活の本拠である横浜の家で生活している家族との生活の維持及び自己の肉体的、精神的な健康管理のためであったこと等の事情を総合的に考察すれば、被告自身の本件タクシー券の使用が、タクシー券の使用基準に違反する私的な使用と判断することは相当でなく、また、社会通念上もこのようなタクシー券の使用は認められるべきであるから、そこに何らの違法性はないというべきである。

2  争点2(乙川の本件タクシー券の使用が使用基準に違反し違法なものであるか否か、それが違法であるとして、これを看過した被告が管理義務違反による損害賠償責任を負うか否か)について

(原告の主張)

(一) 乙川がタクシー券を使用した日の超過勤務命令簿には、乙川の退庁時刻は午後一〇時と記載されており、乙川は午後一一時まで残業をしていないのにタクシー券を使用していたことは明らかである。

これは、帰宅用としてタクシー券を使用できるのは、超過勤務が深夜(概ね午後一一時を超える)に及んだ場合とするという報道課におけるタクシー券の使用基準(前記一3参照)に違反するものである。

(二)(1) 被告は、超過勤務命令簿の記載とは異なり、乙川は実際には午後一一時過ぎまで残業していた旨主張するが、東京都は労働問題で民間を指導する立場にあるのだから、その記載がでたらめであるという被告の主張をたやすく認めるわけにはいかない。また、超過勤務命令簿は、超過勤務命令権者の命令によって決められた時間内の残業を命じるとする書類であり、これに記載された時間が勤務を命じられた時間というべきであり、ダラダラと仕事をし、命令された時間を超えて職場に居残ったとしても、それは超過勤務に当たるものではなく、超過勤務の事実を証明する客観的証拠がない以上、その間超過勤務をしたものと認めることはできないというべきである。

(2) 仮に、超過勤務命令簿の記載が虚偽であったとしても、被告は虚偽の記載であることを承知している以上、タクシー券が適正に使用されるように、物品管理者として、タクシー券の裏表紙に一連番号を付し、又は使用者に対して、裏表紙の記入欄に使用年月日、金額等を記入させ回収保管するといった措置をとるなどして、適切にその管理を行うべきであった。にもかかわらず、被告は何の措置もとっていないのである。超過勤務命令簿という公の帳簿が存在するのに、物品管理者としてその職責を果たさなかった被告が、右帳簿が虚偽であると主張して乙川の本件タクシー券の使用を正当化することは許されないというべきである。

(3) 被告はタクシー券を管理する物品管理者であり、しかも、被告は超過勤務命令権者であったものであるから、乙川のタクシー券の使用を適切に管理する義務があるにもかかわらず、これを怠ったものであり、被告は、乙川の本件タクシー券の使用により東京都が受けたタクシー券金額相当の損害を賠償する責任がある。

(被告の主張)

報道課の主たる業務は、報道機関との連絡、調整であるため、平常時には、職員三人を午後八時まで待機させており、また、都議会開催中には、都議会の審議終了後概ね一、二時間、職員を待機させていることから、退庁時刻が深夜に及ぶこともあり、さらに、突発的な事件や事故が発生した際には、早朝、深夜を問わず出勤させるという態勢をとっていた。

報道課においては、このような勤務状況にあったが、同課の超過勤務手当の年間予算との関係から、超過勤務を全額支給することができないため、職員が午後一〇時を超えて勤務した場合においても、超過勤務命令簿上は午後一〇時に退庁した旨記載していたのである。

そして、平成七年二月ないし三月において乙川がタクシー券を使用した日において、同人は実際には午後一一時過ぎまで残業していたものである。超過勤務命令簿の記載を根拠に乙川の本件タクシー券の使用が報道課におけるタクシー券の使用基準に違反していたとする原告の主張は失当である。

なお、東京都庁舎においては、その管理上、執務室の最終退出者が執務室の入口を職員カードにより施錠した際、コンピュータにその時刻を記録しているが、右記録は、二か月を経過した時点で消去するシステムとなっており、本件請求に係る期間の記録は、現時点においては存在しない。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(被告自身のタクシー券の使用が違法なものであり、被告が損害賠償責任を負うか否か)について

1  平成七年二月及び三月において、被告が東京都の物品であるタクシー券を使用して毎週末横浜の家に泊まりに行っていたこと、そのために使用されたタクシー券が、平成七年二月は五万七〇〇〇円分、同年三月は六万円分であったことは、前記第二の一6記載のとおりである。

2  法二三二条は、普通地方公共団体は当該普通地方公共団体の事務を処理するために必要な経費等その他法律又はこれに基づく政令により当該普通地方公共団体の負担に属する経費を支弁する旨規定し、また、物品管理規則二二条は、物品管理者は、物品を供用するときは、その使用目的に適合するよう使用させなければならない旨規定しているところ、本件で問題になっている東京都のタクシー券は、金券に類する性質を有する公の財産であって、これをその職員が私的な目的に使用してはならないことは明らかというべきである。

前記第二の一3記載のとおり、東京都においては、タクシーの使用は、庁有車を使用することができない場合又は使用目的上庁有車の使用が不適当と認められる場合に限ることとされ(自動車管理規則一五条)、また、平成七年二月ないし三月当時、報道課においては、帰宅用としては、超過勤務が深夜(概ね一一時を超える)に及んだ場合にタクシー券の使用を認める取扱いがされていた。右取扱いは、通常は、給与条例上の住所と勤務地との間の通勤にかかる費用については、その通勤距離に応じて通勤手当が支給されるのであるが、超過勤務のため帰宅が深夜に及び、通常の交通機関による帰宅が困難又は不可能となる場合等には公務の遂行上必要があるものとして例外的にタクシーによる帰宅を認めようとするものであり、自動車管理規則及び勤務手当を支給するものと定めている給与条例の趣旨に照らし、合理性を有するものというべきである。

したがって、タクシー券を使用しての帰宅が適法なものと評価できるのは、特段の事情のない限り、通勤手当の支給などの各種手当の支給において「住所」であると給与条例上取り扱われ、かつ、現実に当該職員の生活の本拠となっている場所に帰宅した場合に限られるものと解するのが相当である。この場合、生活の本拠がどこにあるかは、当該職員の生活状況、各種手当や届出上の取扱い、居住期間等の客観的事実と居住の意思などの主観的事実とを総合的に考慮して判断すべきである。

3  証拠(甲一、二、五、乙六、八、九、証人乙川、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一) 平成五年四月一日に報道課長に就任する以前は、被告は、家族と共に東京都豊島区×××○○三〇三に居住し、所定の通勤手当(月額四六四〇円)の支給を受けていた。

(二) 被告は、報道課長に就任したことにより、家族と共に、角筈第一住宅に入居した。

(三) 被告は、角筈第一住宅に入居した事実を東京都総務局災害対策部へ届け出る必要があったこと、角筈第一住宅に入居したことにより、通勤手当及び住居手当の支給が停止されるため、右入居の事実を証明する必要があったこと等の理由により、住民票上の住所を、前記(一)記載の豊島区池袋の住所から角筈第一住宅に移した。

(四) 被告の「扶養親族等に関する届」においては、平成五年四月一日から平成七年三月三一日までの被告の住所として、角筈第一住宅が記載されていた。

(五) 東京都においては、交通機関等を利用しないで徒歩により通勤するとした場合の通勤距離が片道二キロメートル未満の者に対しては通勤手当を支給しないこととされており(給与条例一二条)、また、世帯主(これに準ずる者を含む。)である職員(公舎等で東京都規則で定めるものに居住する職員を除く。)には、住宅手当を支給することとされていた(給与条例一一条の三)が、被告は、平成五年四月一日から平成七年三月三一日までの期間中、東京都の公舎である角筈第一住宅に居住しており、東京都庁からの距離が二キロメートル未満であったため、通勤手当の支給も住居手当の支給も受けていなかった。

(六) 平成六年三月二六日、被告の子供が横浜市内の中学校に進学することになったこと、横浜市で一人暮らしをしている被告の妻の母親が病弱であることなどの事情があって、被告の家族は、横浜の家に転居した。被告は、それ以後は角筈第一住宅に単身で居住していた。

(七) 平成七年四月一日、被告は東京都立大学事務局総務課長に異動となったため、角筈第一住宅から横浜の家に転居した。

4  以上を基に検討するに、被告の「扶養親族等に関する届」においては、角筈第一住宅が平成五年四月一日から平成七年三月三一日までの住所として記載され、右期間中、被告は現実に角筈第一住宅に居住していること、通勤手当及び住居手当については、被告の住所が角筈第一住宅にあるものとしていずれも支給されていないこと、さらに、前記第二の一6(一)及び(三)記載のとおり、被告が横浜の家に泊まりに行く際には外泊届の提出が義務付けられ、実際にも被告は外泊届を提出していたこと、被告自身、一週間の大半を角筈第一住宅で過ごしていることからすれば、被告の生活の本拠は、角筈第一住宅であったと認めることができる。

この点に関し、被告本人は、家族の居住する横浜の家こそが自分が安らぎを感じられるところであって生活の本拠と認識していた旨供述するが、被告はもともと家族と共に角筈第一住宅に入居したものであり、家族が横浜に転居したのは、被告の義母が病弱で一人暮らしをさせられないとか、子供が横浜市内の中学校に進学することになったなどの事情があったためであり、単なる自己都合による転居にすぎず、また、個人がどこで安らぎを感じるかは純粋に私的な事柄であって、被告が生活の本拠に関する自己の認識の根拠として述べているところは、いずれも生活の本拠に関する右認定を左右するものではない。

被告の給与条例上の住所が角筈第一住宅であることは当事者間に争いがなく、また、そこが被告の生活の本拠と認められることは右に説示したとおりであり、そうすると、被告が横浜の家に泊まりに行くのは、私的な外泊にすぎないものというほかない。

5  したがって、被告自身の本件タクシー券の使用は、職務と関係のない私的な目的に東京都の物品を供用したものといわざるを得ず、法二三二条、物品管理規則二二条に違反し、違法というべきである。

6  被告は、一般の職員が通勤手当の支給を受けながら、深夜にタクシー券を使用して帰宅することが認められていること、職員が異動等により単身で赴任する場合には家族との生活の維持を図るため単身赴任手当が支給されるものとされていること、報道部長の承諾を得ていること、帰宅の理由は、被告が職指定として災害対策職員住宅への入居が義務付けられていたことから、横浜の家で生活している家族との生活の維持及び自己の肉体的、精神的な健康管理のためであったこと等の事情を総合的に考察すれば、社会通念上このようなタクシー券の使用は認められるべきである旨主張する。

しかしながら、通勤手当の支給を受けている一般の職員が深夜にタクシー券を使用して帰宅することが認められているといっても、それは当該職員が給与条例上の住所であるところの生活の本拠に帰宅する場合に限られているのであり、給与条例上の住所以外の場所に泊まりに行く際にタクシー券を使用してよいことの根拠とはなり得ないものであり、また、被告に対し横浜の家までの交通費を支給すべきものとする何らの法的根拠もない以上、横浜の家に帰る時刻が深夜に及んだからといってタクシー券を使用してよいことの合理的な説明はつかないというべきである。

給与条例上の住所以外の場所への交通費を支給ないし補填する趣旨を含む手当として単身赴任手当があるが、単身赴任手当との均衡を考慮しても、被告自身の本件タクシー券の使用の適法性を基礎付けることはできない。すなわち、給与条例(甲六)によれば、単身赴任手当の場合であっても、基礎額は二万円とされ、交通距離が東京都規則で定める基準以上である職員に対しては、その額に、二万九〇〇〇円を超えない範囲内で交通距離等の区分に応じて東京都規則で定める額を加算した額が支給されるにすぎないのであり、かかる支給を受けるための所定の手続を履践した場合に、決められた限度額の範囲内で支給を受けるにすぎないことが認められるのである。しかるに、被告は、一か月に五万七〇〇〇円ないし六万円分のタクシー券を使用して横浜の家まで泊まりに行っているのであり、これは、右に認定した単身赴任手当に関する定めと著しく均衡を失するものというべきである。

また、タクシー券を使用することが許されるかどうかは、それが公務の遂行上必要かどうかによって決定されるのであって、報道部長が承諾したからといって、その使用が適法になるとする法令上の根拠はなく、さらに、横浜の家で生活している家族との生活の維持及び自己の肉体的、精神的健康管理といった私的な事柄をもってタクシー券の使用が許容されるわけでないことも明らかというべきである。

以上の点からして、被告が主張する諸事情は、被告自身の本件タクシー券の使用を適法ならしめるものとはいえない。

7  本件において、被告の給与条例上の住所は角筈第一住宅であり、被告は週末を除き一週間のほとんどを同所で生活していたというのであり、一般の社会常識に照らしてみれば、被告が横浜の家に外泊するためにタクシー券を使用することが報道課のタクシー券の使用基準に違反し、ひいては違法で許されないものであることは容易に判断できることであると考えられる。しかるに、被告は、タクシー券の管理者としてこれを適切に管理する義務があるにもかかわらず、前記認定のような報道課におけるずさんなタクシー券の管理に馴れて常識的感覚が麻痺し、自己の責任をないがしろにして、安易に横浜の家に外泊するためタクシー券を使用することが許されるものと自己に都合のよい解釈をし、前記のとおり違法にタクシー券を使用したものであり、被告において右のようなタクシー券の使用が許されるものと誤信していたとしても、右違法行為につき被告には重大な過失があるというべきである。したがって、被告は、本件タクシー券の使用により東京都に与えたタクシー券金額相当の損害を賠償する責任がある。

二  争点2(乙川の本件タクシー券の使用が使用基準に違反し違法なものであるか否か、それが違法であるとして、これを看過した被告が管理義務違反による損害賠償責任を負うか否か)について

1  平成七年二月ないし三月に乙川がタクシー券を使って東京都練馬区にある自宅まで帰宅したことがあり、その使用に係るタクシー券の金額が各月一万八〇〇〇円であること、報道課におけるタクシー券使用の運用状況は、(一) 帰宅用としては、超過勤務が深夜(概ね午後一一時を超える)に及んだ場合、(二) 通常の交通機関の利用では間に合わない急を要する業務が発生した場合、(三) その他業務の性質上必要があると認められる場合にタクシー券を使用するというものであったことは、それぞれ前記第二の一3(二)及び同7記載のとおりである。

2  原告は、乙川がタクシー券を使用した日の超過勤務命令簿に、同人の退庁時刻が午後一〇時と記載されていることを根拠に、同人は午後一一時まで残業をしていないのにタクシー券を使用していたことは明らかである旨主張するので、この点について検討する。

(一) 証拠(甲七、乙七、八、証人乙川、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 報道課の主たる業務は、新聞、テレビ等の報道機関との連絡、調整であることから、都政に関する突発的な事故、案件等が発生した場合に備えて、二四時間体制で対応することとしていた。平常時は、報道機関との連絡体制を確保するため、職員三人を午後八時まで待機させており、また、都議会開催中には、都議会の審議終了後概ね一、二時間、職員を待機させていることから、退庁時刻が深夜に及ぶこともあった。さらに、突発的な事件や事故が発生した際には、在庁の職員で対応するのはもとより、いったん帰宅した職員であっても、早朝、深夜を問わず出勤させることもあった。

(2) 報道課における超過勤務命令簿は、その日毎につけるのではなく、概ね一か月分を一括して庶務担当主査が記載していた。

しかし、右(1)のような勤務状況であったことから、報道課においては、同課の超過勤務手当の年間予算との関係上、超過勤務を全額支給することができないため、従来からの慣行として、職員が午後一〇時を超えて勤務した場合においても、超過勤務命令簿上は午後一〇時に退庁した旨記載していた。

(3) 平成七年二月から三月にかけて、東京都議会において安全信用組合及び東京協和信用組合の経営破綻処理に関する問題が集中的に論議され、右各信用組合の経営破綻処理に関する東京都信用組合協会への三〇〇億円の東京都からの低利融資案件について、東京都議会本会議や委員会における審議が深夜に及んだことや、都知事選を控え、選挙結果の速報システムを構築する必要があったことなどから、報道課の職務は多忙を極め、同課の職員は大幅な超過勤務を余儀なくされていた。

そして、右期間中においても、午後一〇時を過ぎて超過勤務をしても、前記(2)の慣行に従い、超過勤務命令簿上は午後一〇時に退庁した旨記載されていた。

(4) なお、東京都庁においては出勤簿はなく、職員全員が磁気の記録された職員カードを携帯し、出勤の際に一階又は各自の職場の入り口のカードゲートを通過することによって出勤時刻を記録するシステムをとっていた。退庁の際には、超過勤務をしない職員は右カードゲートを通過しないで帰るなどしていたが、超過勤務をした者、特に各部署の最終退庁者は、残業時間を記録するためにカードゲートを通過し、かつ、磁気カードがドアの鍵代わりとなっていたため、磁気カードを所定の場所に挿入して施錠することとしていた。

右の磁気記録は、総務局において管理されていたが、一定期間経過後は消去されており、平成七年二月ないし三月当時の乙川の出勤・退勤時刻を示す磁気記録は、既に消去されて存在しない。

(二) 右認定の超過勤務命令簿の記載に関する慣行、当時の報道課の仕事の内容、その職務が多忙を極めていたとの事実等を考慮すれば、乙川が本件タクシー券を使用して帰宅した日に乙川が何時まで勤務していたかについては、証人乙川を採用し、乙川は右当日は少なくとも午後一一時まで勤務していたものと認めるのが相当であり、これを覆し、前記原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(三) 原告は、(1) 超過勤務命令簿は、超過勤務命令権者の命令によって決められた時間内の残業を命じるとする書類であり、これに記載された時間が勤務を命じられた時間というべきであり、ダラダラと仕事をし、命令された時間を超えて職場に居残ったとしても、それは超過勤務に当たるものではなく、超過勤務の事実を証明する客観的証拠がない以上、その間超過勤務をしたものと認めることはできないというべきであるとか、(2) 超過勤務命令簿という公の帳簿が存在するのに、物品管理者ないし超過勤務命令権者としてその職責を果たさなかった被告が、右帳簿が虚偽であると主張して乙川の本件タクシー券の使用を正当化することは許されないというべきであるとか主張する。しかしながら、超過勤務命令簿に関する記載については前記の慣行があるのであり、右のような慣行は我が国の社会に少なからず存在しているのであって、このことを考慮すれば、超過勤務命令簿に記載された時間を超えて勤務したことについてはこれを客観的に証明しなければその超過勤務はなかったものとみるべきであるとする原告の右主張(1)は採用できない。また、乙川が超過勤務命令簿に記載された時間を超えて少なくとも午後一一時まで勤務していたものと認めるべきことは、前示のとおりであるところ、仮に被告が物品管理者としてタクシー券の管理を適切に行っていなかったとしても、そのことから、被告が超過勤務命令簿の記載と異なる主張をすることが許されないということはできず、原告の右主張(2)も採用できない。

(四) のみならず、仮に、乙川が本件タクシー券を使用して帰宅した日のうちに勤務時間が午後一一時を超えていない日があったとしても、報道課におけるタクシー券の使用基準は、あくまでも一応の目安として午後一一時を超えて勤務した場合に帰宅のため使用ができる旨定めているにすぎないところ、その日でも、乙川が午後一〇時まで勤務していたことは明らかであり、報道課における不規則な勤務状況をも勘案すれば、仮にたまたま午後一一時を超えていない時刻に帰宅するためタクシー券を使用した事実があったとしても、これを直ちに違法ということはできないというべきである。

3  したがって、乙川の本件タクシー券の使用が違法であることを前提として、被告に対し右使用に係るタクシー券金額相当額の損害賠償を求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  結語

以上の次第で、原告の請求は、金一一万七〇〇〇円及びこれに対する不法行為後であることが明らかな平成八年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を東京都に対し支払うことを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民訴法六一条、六四条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官青栁馨 裁判官増田稔 裁判官篠田賢治)

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